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頭骨の箱

-『続 頭骨の箱』へ続く

さようならガルス・ガルスドメスティクス(鶏肉)

ゴーヤにはスース・スクローファドメスティクス(豚肉)

こんにちは♡ウルトラバイオレンス・パラダイス(新発売)

時勢のカタカナに疲れ果たした後のアウフヘーベン

2020.6.30

アベノマスク改

部屋で行き場をなくし続ける届いたものや頂きものを、上半期の締め括りに相応しいダブルポゼッション仕様に(ホラータッチ) 

何がどうであれ生きていかなければならないし落とし前をつけなければならない(恒常的に

梅雨でありけり(詠嘆)

文明と荒野、身体性などといった単語からは結局逃れられない。

ダブルポゼッション日和。誰にでも似ている彼女や彼等の中身を剥き出し磨いたり垂れ流したりしたものが奇特なまでの真面目さと恐るべき美意識や根性によりゴリ押しで固めあげられ、その多様性と振幅が病みついた世情や人間に計り知れない夢と希望を与えてくれるという心あたたかな逸品。

分断と統合、善悪の衝突を愛や狂気で増幅させ身体の中から異形のものを引っ張り出す。特に女の中身や状態を映像に置き換えるとこんな事になるんではと思う場面や思い当たる節多々あり。牛乳を飲んでも決して真似しないように♡

ばかとしか言えない野蛮を掲げて。

色である。

本日、出先で目に飛び込んで来たもの

『俺の土嚢袋』

これまでの人生で『俺の』飲食店にお世話になった事はないしこれからも確実にないが『俺の土嚢袋』と言われると何だかもう好きにしてと思わされるばかりかいっそのこと包んで埋めて下さいという気持ちにまでさせられる。土嚢の勢いはすごい。

是非『あなたの土嚢袋』も販売して欲しい。何なら『私も土嚢袋』も。色違いで。

色である。

時節柄、遠くに行きたい時にはこれで。

医者にどんな夢を見て疲れるのか聞かれたらこれ、あるいはこれで。

封切り時に見たので20年前の作品だが今も全く色褪せない。(視覚的にも)

「俺は直角」

「あ、俺も」

「お前もか」

「先は見えんが行けるとこまで行こう」

「おう」

かつてゴーヤが好き過ぎてベランダで育てていたのだが大阪の6階では受粉せず、彼等のカーテンへと向かう成長を見守るばかりとなった。台風で花が落ちた時は泣いた。そのベランダからは薄青色の綺麗なハルカスが見えた。

完全に絵から離れていた当時を思うと何がどうなっていくのかは本当に分からないが、どうであっても小太郎達の様にただひたすら目の前に向かうのみである。(実直に)

今季初のゴーヤを買ったので長くなってしまった

『カミソリ男』

それはそれは恐怖に満ちた世界で、カミソリをくれ!と叫び、くれないと人を滅多切りにする男達から逃げ続けるという超B級スプラッターだ。

最終的に、追詰められた私は幽体離脱し彼等を煙に巻き、空から自分の子孫を温かな気持ちで眺め空に溶けると言う何ともヒューマンドラマ的結末を迎える。めでたしめでたし

安眠はもう諦めよう。(今日のスローガン)

もしも空也上人立像の如く発した言葉が視覚化されるとしたら、近頃の会話には全てモザイクがかかっているに違いない。

但し、心の綺麗な人にはそのまま見えます。

2020.5.15

この度の事態が完全に収束した暁にはこれまでの人生でかつてない程それはもう濃厚で濃密な接触をお見舞いしたいものです。

それまでは予防と対策。 絵と筋トレと

とりあえずこの期に及んで都内の電車やバス、スーパーでマスクせず挙げ句そのまま大きな声で談笑している人達、感染列島やアウトブレイクなどここぞとばかりに鑑賞して頂きたいです。飛沫、本当に怖い、、

主義主張、宗教、何でも構わないので、一枚だけ、、、心から

2020.GW後

久しぶりにテレビをつけたら各地の営業再開のニュースをやっていて、温泉旅館や讃岐うどん屋や入学式の模様を見ていたら泣けてきた。

日常の光景はひどく尊い

『未必の故意 1 』

最近気付いた

無知の知とむっちむちのちち(部位)は似ているという事を

クソクラエテス♡

2020.GW

新幹線どころか帰省も出来ない今年はこちらで。

でも、米原乗換え必要です、、どうしても(小さい声)

遂に新曲が・・

東京に来るまでの大半を過ごしたあちこちの町を通っていて、時勢におあつらえ向きの各停ブルースが血と汗と涙を彷彿とさせる。

おりしも6年前の今日は大阪で宇宙人だったのだな。 

ネバーギブアップ メーデー

※1 ちなみに曲中で"日本で一番地味"と歌われる橋本ではあるが、映画『鬼龍院花子の生涯』の冒頭で美しい夏目雅子が妹役の花子の遺体確認に訪れる橋本遊郭の舞台であり、今だにその風情が残っていて何とも言えず良い所です、念の為

※2 既に発表されている名曲 

最近、" 最初の死の後、それ以上の死はない。" というディラントマスによる戦争詩の一節を良く思い出す。

あらゆる雑言や同調に嫌気がさし、久しぶりにモランディ氏の画集を開いた。

ローマ大学教授マウリツィオカルヴェージ氏(近代美術史)の解説によると "すなわち、立体派の厳しさを、幾何学的な抽象的定理から人間感情と生命の証言とに根本的に変形させることに成功し、知的な集中力と生来の感受性とを調和させ、形而上派の神秘に人間性を付け加え、それを光と色彩のひそかな鼓動に変容させ、20世紀の美術運動のあらゆるアカデミックで退行的な要素を除去して、「真実」で「自然」ではあるが、空間も明暗の関係を調整するネットワークの中にとらえたイメージを創造しようとしたのである。"

泣いた。そして拝んだ。寡黙なゴッドファーザーに

『牛の戒名は、牛肉』

中沢新一氏のダイバー論によると、NGKで有名な上方漫才の聖地である大阪千日前近辺は江戸時代に首切り場があったらしく、そういった土壌となにわの気質が相まり自然発生的に独自の笑いの文化が形成されて来たという。この4月は身をもってそのシステムに救われていると感じる。ようやく昨年末のM-1も観て古今の芸人さんに少し詳しくなった。(題はいとしこいし師匠より)

東京から出られず病院も行けず薬も飲めないというような日常において体調不良は恐怖でしかないが、結局の所自分の免疫力で何とかするしかなくそれ位元気だったら大丈夫ですと電話窓口で言われ、やる気が戻って来た。予防と対策。 『体温計とでこぽん』より一部抜粋

寄る辺のない所から始まる。

過去を懐かしむ趣味は無いが

1.キリトリ線に沿ってハサミで切る

2.山折、谷折に合わせて紙を折りのりしろで貼り合わせる

3.完成だ

例年のこの儀式で大人は園児の様な心持ちになりそれまでの資本主義的事務熱は鎮静されたのだった。 

削減され消えていくものたちに

世情の煽りを受け1ヶ月以上ほとんど家にいられなかったが、ようやく平穏が戻ってきた。要請や延長や緊急や当面という発声と謝罪をし過ぎて、もう何も感じない。その時々で出来る事をするしかない。それぞれの志と職務に則って。本日緊急事態宣言も発令され、何かを取り戻すように自粛したい。親の仇を討つかのように。本気で、真剣に。うがいのし過ぎで喉が痛くなり生まれて初めてでこぽんを4つ大人買いした。(買い占めではなく) 静かな絵を描きたい。良い佇まいの。 

もうそれだけでいい。後は方々の無事を祈るばかり

20代の頃、我慢して自分を消したり殺したりしても結局何にもならないどころか人の為にも自分の為にもならないと言われて意味が分からなかったが、同じ年代になってみると、大変奇特な事を言って貰っていたのが良く分かる。とても大事な事だからだ。ほとんどこれだけで良いという位

遺作と供花と、羽虫。

法事が1ヶ月近く続いている。もう消えたい。だが

『花粉と人』

元々が何でもないという強さを発揮せねばならん。絵は無くても死なないからこそこういう時にもただあるしただひらかれ粛々と続いていくんだよ。そうしてまた生きていけるんだよ。 ○○○**(お好きな罵詈雑言を当てはめて頂けますと幸いです) 失礼致しました。

慎重に、、してるわずっと でどないやねん一帯の御魂達も暴れだすでほんま (仏の顔1)

(標準語訳) 慎重に、、致しております 此の方ずっと それで この度の決断をいかがされるおつもりなのでしょうか、連休中に申し訳ありませんが この辺り一帯は元々海と陸の境目にあたり岬になっていたのでございます 常々そういった場所には自然と何かをお祀りする祠や寺社などが発生して参りました そういった面でも現在では大変名高い墓所となり またそのすぐ近くに位置する事もあり 繁栄の象徴とも言える街にありながら 粛々とした雰囲気を纏い訪れる方々を静かにお迎えしてきたと察してはおります それでもこの3週間あまりの(略) (仏の顔1)

生きているのはもしかしたら良い事なのかもしれないと思える程静かな夕暮を見た。

諸々誠実に対応して来たが、余りの矜持の無さにもうどうでも良くなってきた。優しさとかもどうでもいい。悲しさだけは信じられるがそれにしても

詩人イェイツは言う。人間の知性は否応なく選ばなければならないと。やらない方が楽でもやらないといけないという事もある。それはやったらあかんやろという事もある。良くも悪くも色々な事がはっきりする季節。今年の春はどうか。全てが供花に見える桜の美しさは同じ。

園中莫種樹 

種樹四時愁 

獨睡南牀月 

今春似去春

"庭に木を植えてはいけない 木を植えるといつも淋しいから"

池澤訳は素晴らしいなぁ

2020.2

某晴の日花粉のみならずPM2.5も防げるという新グッズを装着した6年前の写真が出て来た。結局何の効果もない事も知らずはしゃぐ己の、何と若く苦い事か。今も昔も春はしんどい。かれこれ30年以上記憶がない。不感症になりたい。花粉の。そして春爛漫の日差しの中で(略)

某日

良い結果や何某かの成功例ほど忘れていきそしてゼロに戻る。時折の僥倖はまさに僥倖であるからこそ記憶として持続せず、このままでは本当に駄目だという所からしか毎日が始まらない。厳しい。何がどうであれ全部自分の問題で、やるべき事をしっかりやって終わらせたい。

先日の個展の際、いわゆる美人画を集めていらっしゃる方が凄く苦しそうな顔で、「難しい、、、綺麗に描かれた花鳥画でもなく、写真の様に描かれた写実画でもなく、何が何だかよく分からない、、花が描かれてはいても、輪郭が曖昧だったり見ているととても心がぞわぞわして居心地が悪く、でもどうしても気になって、ずっと見てしまう、、これは一体何なのか、、、非常に、難しい、、、」と仰られた。

その時に、ああ個展をやって良かったなぁ、と思ったのと同時に、自分がそういう分からない部分を求めて絵を描いているのだととても腑に落ちた。

さすが身銭を切って絵を買われている方の目線というのは切実で素晴らしい。

首を傾げながらお帰りになられましたが、本当に有難うございました。

2020.1.30

滅亡から回復が生まれたらしいが、もう何も回復しないので旅に出た。金山平三作品を見に。

たった109㎞、徒歩22時間30分(勿論電車で)

2020.1.22

久しぶりに自分の前歯を見たら縦に大きくヒビが入っていた。思い当たる節があり過ぎてしばらく考え込んだがすぐに飽きた。

発熱時の体温、預貯金額など気にしても結果が変わらない物事は本当にどうでも良い。

むしろ昼時にコンロが壊れてしまい電子レンジだけで今夜の鍋が美味しく作れるのかという不安と、業者さんが部屋に入るというのがなかなかしんどい。

されど火は大事だ。野生の消息であり人の所以を彷彿とさせる。そして絶対お鍋は火!メタル的にも。

2020.1.21

1月がもうすぐ終わる。

頭の中に彼等が登場してきた。

「父さん、僕は地勢タイプではもう、、やはりこれからはクインシー型でリブルーグルしたいのです」

「小太郎、お前にはまだ早い。帝国という名を冠すこちらの国産になさい」

「そんな、、山岳部分を立体隆起させるだけでなくご丁寧に各国の色分けまでした上、世界最大規模の専門性を誇るトップブランドなのですよ」

「ばかな、、国の威信をかけた名に相応しくこの大地が全方位回転する物凄さを知らずして何がお国別だ」

「現代はもうグローバリズムの時代なのです、オーバーザ ワールドなのです」

「笑止、足元を知らずして世界を見るなど有り得ぬ」

「む、む、む」

「は、は、は」

「と、父さん」

「こ、これは」

(略)

2020.1.4

しばらく7歳と4歳の甥達とおり、承認欲求との対峙または解決は年齢の問題ではなく個々の性質によるものだと気付いた。

むしろ感情を真っ直ぐ放出し見返りを求めない分、子供は大変清々しい。健やかに育つように。

鏡餅開図

2020/元旦

謹賀新年

皆様の幸多き1年と季節の門出を心よりお祈り申し上げます  謹白

拮抗と迎春」

1年が終わる。

私は何をやっていたんだろうか。ほとんど記憶がない。

ただ、描かれた絵はそこにあるし、人との繋がりとか見えないものは信じられる。

そういうもので生きていられる。

皆様こんな私に関わって下さり本年も有難うございました。

来年は静かな人間になります。

某朝

実家に帰ると父の机にパーティ用ウィッグ(部分用)が2袋置いてあった。

帰宅した父に尋ねると後ろを向いて後頭部を指す。そこには直径10cmばかりの楕円形脱毛症が。

「こんな質感じゃ、着けてもすぐばれちゃうよ!」

と叫んで起きた今朝の私の気持ちを表現する事は難しい。

現在、父は僧侶でもある為に髪問題からは一切解脱しているが、娘として夢の中の懸命な父に何か出来たのではと心が残るような全くの無為なような、何か朦朧とした心持ちであったが、質感は大事だ。

2019.12.22

このヘタクソ!死んでしまえ!という日々の中で、存在している事もつらいが自分への罵倒を越えてしか何も出来上がってこない。

ようやく小品が落ち着き、50号と120号(手付かず)の間に挟まれている。

部屋の半分はそんな感じで、一切の行楽はじめ紅葉も見ないままだが今年を気合いで終わらせたい。

(色っぽい事をこれでもかと書き散らしたいがしばし我慢)

某日

しばらくうどんしか食べれなかった病み上がりの身に、その風体はまるでこの世とは思えないような堅牢さと雄大さを醸し出し、果てはもう好きにしてと思わせる荘厳さすらも纏い私を誘惑する。それは最早長い抑圧の彼方にしか存在しない愉悦だ。

抱き締めて寝たい。

そして溺れたい。

メガジョッキ1100円→半額は罪でしょう。

優し過ぎるし器が大き過ぎる。

生3倍分を包括し他を寄せ付けない男前さ。

翌日くたばるとしても出席して良かったとです。

長丁場お疲れ様でございました。

結局風邪をひいてこんな感じだ。

寒い。

時々薬代わりにココアを飲んでこんな風でもある。

でも絵が何とか進めばそれで良い。

最終的にはこんなので泣き止む。

こんなのも大変良い。

2019.11.19

充電式カイロというものを頂いた。

悪寒がし始めたので初めてスイッチを入れた。大変大人っぽくて良い。

2019.11.18

絵を描く以上、エロス タナトスの衝突は避けられない。

絵も人も。

左 あたしもうだめ

右 あきらめちゃだめ ぜったい

2019.11.14

束縛或いは緊縛という愛の形。この幸せ者め

2019.11.12

そうですね、、

かれこれ1400年以上やってます

色々あるんですよ

2019.11.8

立ち上がれ冬!という感じが好きだ。

受験時代に通っていた画塾の恩師(新制作会員T先生)に日展の報告をしたら後日突然画像が送られてきた。

だれのデッサンかしら、と見てたら久保とあり心底衝撃を受けた。

記憶が無い上、字は汚いし、アザラシ、、

恐ろしい

この久保は私でしょうか、、と返信したものの、影の荒さを見ていたらこれはもしかしたら自分かもしれないと朧げに腑に落ちてきて、家にあった赤いシャツだったような記憶も蘇ってきた。

恥ずかしさを重ねて生きてきたのです。

20年前は世紀末だったのだが世界は今も続いているし思いもよらず絵も描いている。精進します。

2019.11.3

余りにも絵が進まず描いては潰していく数日を経て無価値の屍と化し、いっそ楽にして下さいとお地蔵様にお祈りした。

少しだけ先に進んだ。

56億7000万年もの間石の様に佇まれ救いの手まで差し伸べて下さり感謝ばかりです。

お団子、食べて下さい。

1

「あたしもうだめ」

「あらどうしたの」

「もうはるもおわり」

「いまあきやで」

2

「あなたたち」

3

「ぶつぶついわないの。ほら、おたべ」

happy Halloween

歴史的名場面はこうして生まれる 涙図

2019.10.29

時事的なものを。

Trick or Treat!

悪戯か甘味か!

いや、やめて、、まんじゅう怖い!

という仮想。

2019.10.25

低血圧で毎朝こんな感じだ。

こんな風だったら良いのに(願望)

2019.10.24

かつて人生における個人の最大のテーマは幸福になる事だと言われたが、多分違う。というか幸福は意志と忍耐の副次的な時折の僥倖や憐憫であり、人の世は良くも悪くも業の回収、あるいは発動でしかない。少なくても私にとっては。

2019.10.17

まだ冬じゃなかった。

秋は人を死人(しじん)にさせる。

若しくは右下の人に。

2019.10.14

於: 高田馬場

右 はい。

左 そうなんです。

冬、最高

2019.10.12

たまに眼鏡をかけるとメガネを思い出す。

2019.9.30

9月が終わろうとしている。

ずれ込んでいる。

頭の中に彼等が登場してきた。

「父さん、僕は行政タイプが欲しいのです」

「小太郎、お前にはまだ早い。地勢タイプにしなさい。」

「そんな、、各国の境界線が明示され御丁寧に色分けまでしてあるのですよ」

「ばかな、、大陸がどれほどの隆起によって出来上がっているのかも知らずして何がお国別だ」

「リンカーン型なのです、インデペンデンスなのです」

「笑止、この現代において衛星写真に敵うものなど有り得ぬ」

「む、む、む」

「は、は、は」

(略)

2019.9.29

5年前:好機・今食・没入

現在:自動二輪 ・画心・王

最初に見付けた3つがあなたの人生で重要なものです♡とは本当だろうか。

2019.9.20

如何せん、人生における一般的な優位性の欠如の上にしか成立しないものがあるのです。

先の事などどうでも良いのです。

とは言うものの引越し作業もままならず2年が経ちまたしても賃貸借契約更新となり、しばらくは都民のまま余り喋らない様にしながら色々と頑張りたいと思います。

2019.9.10

ゴーヤ(頂き物) 刃物(道具) 粘着テープ(梱包用) 麻紐(梱包用) 運動靴 (内履) 油(テレピン) 食パン(おやつ)

※ある日の鞄の中身

職質はいくつになってもされたくないことだなあ(詠嘆)

2019.9.7

蝉祭り(2018年)の図

今年は蝉隊長になれなかった。

私より遥かに偏差値の高そうな小さい甥達(関西風)が成人し祇園の鞍馬で面白く飲むまではしっかり生きたい。

2019.9.1

部屋に落ちた自分の髪の毛を拾う度にガタカを思い出すが、最後のシーンが余りにも素晴らし過ぎて鬱になりそうなのでDVDを観る事が出来ない。

9月。

背骨が溶けるような空。

2019.8.28

『人は酒には勝てないのか』図

2019.8.22

鳩を捕まえる少年達。

大事なものは少なくて良い。

大人になって良かった事のひとつ。

2019.8.16

言葉は元来比喩性を孕む為、ヒトが社会生活上必要な表面的コミュニケーション言語を使えば使う程に表せないものが膨らみ内面が空洞化する。そしてその空洞を埋める為のものとして古来より存在して来たのが芸術である、というような事を中沢氏は書いている。

ほとんどこの現代においては、何かを言葉にした瞬間から完全な空洞に没入する程ではあろうが、それでも言語化を諦めない態度は一周回って大事ではなかろうかと思い直しこうして何かしらをぶつぶつ綴っている。

しかしながら、そのぽっかり空いた空洞を埋めるものは、気合いだ、気合い。という訳で沢山食べて描いて筋トレに励みたいと思います。

2019.8.15

時事的なものを。

帰省の折、実家のテーブルに茶封筒と何かの案内がありふと手に取った。

研究会のお知らせとある。

特に若手の方に役立つらしい。

どの業界でもやはり開催されるのですなと読み進めて目が止まった。

午後:塔婆の書き方について

(持ち物)太めの筆ペン

釘付けだ。

2019.8.14

単語帳によれば

snow ball ‥雪だるま式に増える。

では

良心的な人間が何気無い行為により思い掛けず沢山のお礼を貰ってしまい、何だか申し訳なくも大変幸福な結末を迎えるめでたしめでたし

または

嫉妬深く強欲な人間が感情に任せ暴力や詐欺で利益を得ようとした結果、それは残念な酷い目にあい結局正直者が一番利益を得るめでたしめでたし

というあの状況から察して

rice ball ‥道徳的帰結の一途を辿る。

となるのではないか。

転がり続けてこんな所に辿り着いた気分で発音すると良いだろう。

絵を描く以上羞恥からは逃れられない。せめて無関心で、自分に。切実に。最終的にそれ以外の何かで良い。良い匂いのする何かしらの。

2019.8.10

東京は23区においても朝には蝉が鳴く昨今。彼等の鳴き声を聞く度、脳裏に去来し胸を締め付ける男あり。

彼はある時、こう言った。

これやこの行くも帰るも別れつつしるもしらぬもあふさかの関

だからどうしたというつっこみすら無濁点の勢いで破壊する坊主の中の最強坊主であり、彼が登場すれば勝利は確定する。

あやかりたい。

2019.8.8

走馬灯より。

-月に群雲 花に風

・・美しい名月を見ようとすれば雲がかかり、満開の花は風により散ってゆく。転じて、好事はとかく邪魔が入りやすく良い状態は長続きしない様。

古い知人の書いたページにこんな記述があった。

《月にかかる群雲のはりつき具合が余りにも格好良かったので

今日から月に群雲は

「孤立する存在に気を使った気配り上手による配慮の結果、孤立が損なわれずになおかつ辺りへの一体感が高まり、全体的な完成度も適度に高められた状態」

を指す言葉になりました》

素晴らしい。

では

今日から花に風は

「集約し形成された存在に他者からの圧力がかかり解体された結果、集合体は損なわれたものの解体の様子が逆に辺りの一体感を高め思いもよらぬ劇的な効果を生み出し、全体的な完成度が飛躍的に高められた状態」

を指す言葉にしてはどうだろう。

総じて、もののあわれ。-

7年前と今年の今頃に。

2019.8.6

子: わぁ 美味しそうだね 具沢山だって 絶対これつけてね

親: こらこら 見ちゃいかん 人前で恥ずかしいぞ お前はまだまだこどもだなあ はっは

2019.8.4

息苦しさと現代

2019.8.3

陽の当たる場所でしか生まれない価値があり、それは誇りを内包している。

ひどく眩しくて尊い。

2019.7.27

死んでしまった糠床に。生きていく人間に。

2019.7.19

疲れて自棄になりそうな時、或いは幸福でもう死んでしまいたいというような時(総じて平静でない時)はこれだ。

"悦ばしき知恵"より『幸福者の危険』 byニーチェ氏

-繊細な感覚と趣味を持つこと。精神のなかで選り抜きの最良のことに対しても、結構で食べ慣れた飲食物に対するように、慣れること。力強く、大胆で、不敵な魂を享受すること。常に、祝祭に備えるかのように異常時にも備えながら、そしていまだ発見されない世界や海、人間や神々への要求で心を脹らませながら、平静な眼と確乎たる足取りとで、人生を歩むこと。勇敢な人々、兵士、船乗らが、そこでおそらく短かい休息と慰みとをするように、あらゆる明るい音楽に耳を傾けること。そして、瞬間を最も深く味わいながら、涙によって、また幸福者の菫色の憂愁全体によって、圧倒されること。これらの一切がまさに自分の所有であり、自分の状態であることを、誰が欲しないであろうか。‥‥この幸福をもって‥‥魂のなかでは、人はまた、太陽の下での最も苦悩に耐える生物である!そして、ただこの価値を支払うことによってのみ、人は現存在の波がこれまで岸辺に洗い上げていた貴重な貝をあがなうのである。人はその所有者として、苦しみにおいていよいよ繊細となり、そしてついには、余りにも繊細になるのである。小さな不満さえも、結局は生を嫌わしいものにするに足りる。-

常の訓示に相応しい、壮大で大変ロマンチックなこの章は、何かの門出の際にでも是非朗々と読み上げたい。もしくは読み上げられたい。

2019.7.10

暗澹たる気持ちから日本女性の美しい体を見て元気を出そうと角川映画を流し観ていたのだが、良くある設定と良くある台詞に吹き出してしまいそれはそれで良かったのだが、ひとつだけ印象に残った言葉があった。

「美しさは醜さに嫉妬しない」

誰が仰ったかはさて置き、これは美術の所以に近しいのではないか。

そこはかとなく美徳の消息すら感じさせる。

美人の美しい体とその言葉だけで観た甲斐はあり、少し元気を取り戻した。

透徹した絵を描きたい、本当に。

2019.7.1

中島らも氏の名著『しりとりエッセイ』では、駄ジャレ→レズの章において、マルキドサドのエロスは"圧倒的数量(マッス)と反復によって最終的には「無化」をもたらすほどの蕩尽" であるというように見事な表現がなされている。

蕩尽と言えばバタイユなのだろうが、氏も声を大にして(?)、経済的合理性や有用性の真逆にある非生産性消費(祀り事などの供儀や宗教、エロス、芸術、消費などのいわゆる蕩尽)にしか人間の回復、すなわち至高性は存在しないと訴えていらっしゃる。

先程のエロスの発生が自己の無化(非有用性)であるというのは、何かが有益の為になされればなされるほどどんどん品や気高さ、至高性が損なわれるという現象に合致している。

何が言いたいかというと、自意識はクソ鬱陶しい!という事と、経済的合理性なんかクソくらえだという事です。

2019.6.1

ここ一番の自然の淘汰感には到底太刀打ち出来ない。

記憶も定かでないが消えない事だけ考えてやり過ごす。ヒト科ヒト目、無力。

2019.5.31

"美徳は弱さにより規定され、挑戦され続ける"

これが知性でしょう、素晴らしい。泣いた。

2019.5.25

先日以来、時々文庫本を開いている。

ニーチェの喧嘩腰の言い回しが疲れた身体に沁み渡り大変良い。

例えば、自己に対して安易に流れる人に対しては、もはや弾劾する必要はないと氏は言う。

"そんな人間は核心のない全くの外殻であり、黴の生えた、ごてごてとした、着ぶくれした着物であり、飾り込んだ幽霊であり、もはや恐怖も、おそらくは同情さえも喚き起こすことのない幽霊なのである"そうだ。

結構酷い。

遺稿なども掲載されているので抜粋する。

"あらゆる卑俗なもののうちで、最も卑俗なものは何か。ひとつの結論、すべての結論のうちで最も古く、かつ最も新しい結論。

「それはつらい、だからそれはわるい」"

目を疑った。

降伏する位なら絶望しろ、など言いたい放題の王様に心より敬意を。

2019.5.20

最近は全ての言葉が遺言に聞こえ、全ての写真は走馬灯に見える。

2019.5.11

自意識が本当に要らない。むしろ消え去りたいという思考になってくると、自分の絵を見てるのも辛くなり二進も三進もいかず大抵そこで泣きべそをかくのだが、今日はふと手近にあった未読の文庫本を開いた。

"能力を超えて欲するような人々には、或る悪しき虚偽がある。そのような人々が大事を欲するならば、変なことである!"

笑った。

"これらの、繊細な贋金づくりや俳優たちは。ー"

あはは。

"そして遂には自分自身に対してさえ虚偽である。彼らは藪睨みである、虚飾した虫喰いである、"

よく分からないが何だかとても良い。

"彼らの装っている強がりの言葉で、看板の美徳で、安びかりする偽りの仕事で"

"君たちはそんなところでは十分注意するがよい。"

はい。

「誠実であれ」というタイトルの、やたら勇壮な文章から少し元気を貰った。有難う、ニーチェ。

2019.4.30

人間の出る幕ではないという空模様。

晦。

2019.4.1

見えないものにしか救われないという社会的矛盾。甚だしく向いていない方に向かっていく。

2019.3.18

鳥は妄想しない。

「あきらめるな」

「あきらめないで」

「あきらめちゃだめ」

「そうよ」

「あきらめたらおわりよ」

「そうよ」

「そうよ」

幻聴に励まされ描くという方法を編み出して2年。

人間は変わらなくてはならない。だが

ゲーテは声高に言う

"人間はけだかくあれ、

情けぶかく

やさしくあれ!"

と。

しぶしぶとうなずく。

春の側面として

-ながい疾患のいたみから、

その顔はくもの巣だらけとなり、

腰からしたは影のやうに消えてしまひ、

腰からうへには藪が生え、

手が腐れ

身体いちめんがじつにめちやくちやなり、

ああ、けふも月が出で、

有明の月が空に出で、

そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、

奇形の白犬が吠えてゐる。

しののめちかく、

さみしい道路の方で吠える犬だよ。-

(ありあけ)

-なやましき春夜の感覚とその疾患-

(くさつた蛤)

by 萩原朔太郎

2018.12.4

幸福について

ホームセンターと画材屋と植物園が隣で、向かいに八百屋とスーパー(コンビニ併設)があればもうそれだけでいい。

2018.11.23

かつてトラウマの様に憎んでいたものが全く大したものでなかったと知る事は年齢を重ねる悦びに尽きる。

2018.11.21

専ら約束(様々な期日も含め) を守る為にしか生きていないが、感情的な人間には最も大事なことだ。それにより生かされていると言って良い。

2018.2.24

-資本主義は象徴が嫌いだ。象徴は高次元的に、自らの中に宇宙を閉じ込めている。それでは商品や情報にならないのでもっと根も葉もない記号の方を愛する。記号は何もかもを表層化してしまう。かつての偉大な死のテーマはそれにより生み出された鬼っ子に自ら殺されかかっている。ー

...中沢新一氏の著書より一部抜粋、勝手に要約。ややもすればこれで多くの疑問は解決されるのではないか。

2018.2.10

獲得という幻想について。

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